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紀貫之 (ちくま学芸文庫)

によって 大岡 信

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ペーパーバック : 275ページ ページ
作者 : 大岡 信
出版社 : 筑摩書房 (2018/2/7)
コレクション : 本
ISBN-10 : 4480098453
フォーマット : 文庫
発行日 : 2018/2/7
平均的な顧客フィードバック : 3.8 5つ星のうち(4人の読者)
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日本人は自然を愛するといわれます。西洋人が自然と対峙し自然を征服することに努めてきたのにたいして,日本人は自然と融和し、人・自然の一体化がその文化的伝統であるといわれたりします。そうした日本の伝統、とりわけ日本人の感受性、それも美的感受性を決定したと考えられるのが、10世紀初頭に成立した『古今和歌集』だともいわれています。紀貫之はその序文(仮名序)も書いた、この歌集を代表する撰者であり、かつこの歌集に採られた歌の数がもっとも多い歌人でした。『古今和歌集』が日本人の美的感受性に大きな影響を及ぼしたと考えられるのは、『古今和歌集』で成立した季節感や自然の景物は、『新古今和歌集』(13世紀初頭成立)までの八つの勅撰和歌集、いわゆる八代集を経て、『新続古今和歌集』(15世紀初頭成立)にいたる、『古今集』からかぞえて二十一代集と総称される勅撰和歌集群、いわば日本文化の王道となり、その粋をきわめた勅撰和歌集群をとおして、日本人の美的感受性の源泉となり、それが周囲の諸文芸、諸演芸、諸芸道にもその後ひろく、ふかく大きな伏流となって浸透してゆくとともに、日本人のものの見方、とらえ方を規定する枠組みともなっていったからです。しかしほんとうに日本人は自然を、花鳥風月を愛してきたのか。歌に桜や紅葉がよまれることが多いけれど、歌人たちはほんとうに桜や紅葉をよく見ていたのか。本書によれば、「桜と言い、紅葉と言うとき、貫之のような平安詩人の口をついて出る次の言葉は、まず「散る」という言葉だった」。これはいいかえると、詩人たちは、たとえば桜のつぼみや咲きはじめ、そしてその花ざかりのさまに注意ふかく目を凝らし、それに鋭敏かつ繊細に反応して自身のこまやかな美的感受性をさしむけることはしなかった、すくなくとも桜の木や花のさまざまに移りゆく相のひとつひとつを、その微妙に変化してゆく姿を、深い関心をもって歌に詠みはしなかったということです。こうした「桜」といえば「散る」という、条件反射的に発動し、そこで自動的に完結する感受性こそが、「一つの美的情趣となり、『あはれ』となってゆき、ついには詩的常套となり終わる」、つまりそのようにして定着した「日本的季節美感の体系」というものは、「決して現実の季節の実感そのものに密着したものではなく、いわば象徴の体系を通して感じとられる共通の文化体験という性質」のものであったと著者は考えます。そして「景物の類型化が進めば、それにもとづく詩歌も、写実的なものではなくなり、情調、気分を類型的景物に託して表現するようになってゆくのは自然の成行きであった」とあります。結果、詩人は、ありのままの自然を見て、なんらかの感動によってそれを歌によむのではなく、「しばしば抽象的、思弁的、想像的な和歌の構築作業に熱中する」ことになった、とも。(「抽象的、思弁的、想像的」というのを、評者のほうでいいかえると、和歌はしばしば「人工的な」叙景にして叙情を構築し洗練させるにいたったということです)ここで、かつて加藤周一もその『日本文学史序説』で、同じく紀貫之に関連してつぎのように書いていたのを思い出します:「『土左日記』の紀貫之は、海路土左から都に到る長い旅の間に、都を恋い慕うばかりで、道中の自然に何らの注意も払っていない。貫之の眼には碧い海も、朝の太陽も、雨に煙る山々も、吹雪の荒れる野原も、見えなかったらしい。思うに「日本的な自然愛」には注意する必要がある。少なくとも貫之が「自然」を愛していたということはできないだろう。彼が愛していたのは、[歌の景物になる]都の春の水、都の花、その春雨、春霞、竜田山のもみじと秋風である。彼が春・秋の歌のなかでうたった花は、おどろくなかれ、六種類しかない(さくら、梅、山吹、をみなえし、ふぢばかま、菊)。小鳥に到っては、二種類(うぐいすとほととぎす)。貫之が花を愛し、小鳥を愛していたとは考えにくい。彼は何を愛していたのだろうか。おそらく「自然」ではなく、言葉であろう。ほととぎすという鳥ではなく、ほととぎすという言葉、物ではなくて、物の名。」大岡信は、紀貫之を語る前に、本書第一章で、まず正岡子規について語っています。明治にいたってこの子規こそが、みずからの対象を閉鎖的に限定することで繊細にして洗練の極致にまでいたった『古今集』にはじまる一千年来の美的感受性、類型(月並み)に類型(月並み)をかさねてきた伝統的にして貴族的なその美的感受性を、「写生」という名のハンマーをふりあげてたたきこわそうとしたわけです(著者のことばでは「大上段に振りかぶった刃先で、伝統詩の世界全体に一気に切りつけた」というわけです)。日本人よ、しっかり目をひらいて、自然を、花鳥風月なら花鳥風月を、もっとよく見ようよ、と。そのさい重要なことは、子規にとって、写生はあくまでひとつの美的契機にすぎず、写生への意識の集中をつうじてまずは日本人の千年来の美的感受性を「漂白」すること、むしろそれがいちばんだいじな最終目標であったということです。ところで、著者は、貫之の『土左日記』に読まれる、中国の詩人賈島の詩から発想を汲んだとされる、影見れば波の底なるひさかたの空漕ぎわたるわれぞわびしきという歌について、「貫之全作品中の秀逸の一つということができる」と評しています。なるほどたしかに繊細にして巧緻きわまりない歌です。そのことに評者も同意することまったくやぶさかではありません。とりわけ、上句(波の底)から下句(空)を引き出す第三句に絶妙におかれた枕詞「ひさかたの」がとてもよく効いているように思えます。しかし、比較のため著者が同じ本文中にちらっと引用した柿本人麻呂の歌天の海に雲の波立ち月の船星の林に漕ぎ隠る見ゆを読むとき、素朴な「見立て」というか比喩を使いながらも、この人麻呂の歌のスケールの大きさにはやはり感嘆せずにはおれません。こちらのほうに、思わず、うーんと唸ってしまいました。

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